評価・戦う理由

February 18, 2016

評価されるということについて。
競技において、競技者の取り組みが勝利につながったとき、その取り組みが正当化され、評価される。こういう考え方があります。何度もブログで書かれてきたテーマかと思いますが、改めて書いてみようと思います。

僕は結果、則ち勝利によってそれまでの取り組みが正当化、評価されるという上記の考え方が嫌いです。ただ間違っているとは思いません。
勝負の世界において、勝った者が正当化されるのは当たり前です。しかし少なからず運に左右された結果もありますし、努力量が相手より上回っているチームが勝つという保証はどこにもありません。

そもそも誰に評価されるのかもはっきりわからない。プロの世界であれば毎試合後に評価点をつけられ、ホームページに掲載されたり新聞に載ったりしますが、僕らの戦っている東京都リーグではそのような評価は行われていません。

そもそも自分達は何のために戦うのか。これは間違いなく誰かに評価されるためではありません。自分達の取り組みを正当化するため、というのも少しずれているように感じます。ではなぜ勝ちたいのか。

正直今の自分には上手く言語化できません。少しでも上のレベルでプレーしたい、だとかこのチームで上を目指したい。そういう気持ちが近いような気もしますが、もっと深いところ、例えば去年の最終節で感じたような何とも表し難い強い感情が勝ちたいと思わせているのかもしれません。

なぜ勝ちたいのか、ということに対する答えはそれぞれ異なると思いますが、必要なのは各々の気持ちのベクトルが同じ方向を向いていること。そのことが一体感を生み、勝利という結果を引き寄せるのではないでしょうか。そうしたチームは勝利によって評価される、というよりは、その存在自体を評価され、必然的に勝利を手にしているはずで

す。

 

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