【ブログ】「離れてみて」

June 23, 2016

誰もが、一旦離れてみてそのものの大切さに気づく経験を一度はしたことがあると思う。

 

最近の個人的なところで言えば、怪我をしてサッカーができなくなる、就活で練習に参加できなくなる、といった時。そんな局面に出くわすと、みんなでグラウンドに集まって練習して、同じ目標を目指していくことがいかに幸せで貴重なものであるかということを思い知らされる。今までの当たり前がこんなにも素晴らしいものであったことに気付く。そしてサッカーが出来るようになったら、今自分がサッカーできていることに感謝を忘れず、今まで以上に上手くなるために一日一日を大切に過ごしていこう。

 

そんな決意を固めてサッカーできる環境に戻っていく。すると最初の方はサッカーがひたすら楽しくて、サッカーで上手くいかなくてもそれもひっくるめてサッカーが出来ることを本当に幸せに思えるし、もっとうまくなりたいとかそういう根底にある純粋な気持ちを常に持ち続けることでサッカーのモチベーションが保てたりする。しかしずっとサッカーが出来ている環境にいるといつしかサッカーが出来ることが当たり前の日常になり、サッカーから離れていた時気づいたものをふと忘れてしまう時がある。これまで何度もそういう経験をしてきた。怪我をしては復帰する、そのたびに気づいては忘れることを繰り返してしまっていた。もう決して同じことは繰り返さない。残り約4ヶ月しかこの部活でサッカーをすることが出来なくなってしまった今、本当に一日も無駄に出来ないなって痛感している。

サッカーが出来る事への感謝っていうのは常に持ち続けなければならないと思うし、それを原動力にサッカーを続けるのも一つの形であるとは思う。ただ実際問題それだけを糧にモチベーションを維持することは難しいと思う。その原動力となるものが、やはり一人のサッカー選手として根底にある、上手くなりたいという純粋な気持ちなのではないかと感じている。もっと上手くなって高いレベルで自分の力を試したい、もっと上のカテゴリーでプレーしてリーグ戦に出て、活躍したい、だったり。

 

どこかで同じポジションのあの人には勝てないとか自分の中で限界を作っている人もいるのではないか。自分自身もこの部活に入ってそう考えていた時期があったことは否めない。そうやって割り切るのは簡単だし、楽だからだ。でもそれじゃあ一生上には行けないし、成長は止まるし、なんといっても自分の為にもならない。この部活の中でそうゆう風に考えてしまったら、いざ社会に出て同じような困難に直面した時もそう考えてしまうだろうからだ。だからもっともっと自分自身に期待をかけて、その可能性を信じてみてもいいと思う。

 

実際俺はまだまだ諦めていない。自分の力で一段一段のし上がって、リーグ戦に出て、チームの勝利に貢献して、一部昇格を手土産にこの部活を引退することを。結果的にどんな状況にいたとしてもあの時こうしとけば良かったなんて後悔は絶対したくない。サッカーできることの幸せを忘れることなく、サッカー選手としての成長の歩みを止めないで行く。それが自分の出来るこの部への最大の恩返しであり、一人の部員としても最上級生としてもそういう姿勢を見せなければならない自覚がある。

 

残り約4ヶ月、自分の全てをぶつけ、引退して燃え尽きたって胸張って言える

そんな取り組みをしていきたい。

 

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